ふるきのガベージコレクション2

脳内を通り過ぎたイメージの残骸の記録

Chromebookから離れる

Crostiniは使えないという結論を出して、Chromebook(C302CA)から離れて1か月ぐらいになる。"ない状態"にもすっかり慣れて、ほとんどの作業をデスクトップPC(Windows/Ubuntu)で、限定的な作業をiPadでという運用に落着いている。

C302CAの画面の大きさがiPadに対する利点だったのだが、テレビ録画やYoutubeもデスクトップPCで観るようになって、サブ端末の存在意義が著しく低下して、それらの画面の大きさの大小は問題にならなくなってしまった。

最も影響を与えたのが、老眼の問題。加齢とともに眼の調整機能が完全に失われて、わずかの画面距離の違いでも、見え方が変わる状況が最近始まった。手持ちの老眼鏡は在宅勤務でも使う外付け24"ディスプレイとの距離に最適化している。一方ノートPC(Chromebookを含む)を机に置いて使う場合は、キーボードに手が届かなければならないという制約から画面までの距離が近くなり合焦距離を合わせた専用の老眼鏡を作る必要が出てくる。在宅勤務という外付けディスプレイ必須の作業がある限り、複数の老眼鏡を掛け変えざるを得ない煩わしさを考えると、すべてを外付けディスプレイで済ます方向が有利となりノートPCへの関心が大幅に低下したことがノートPCの一変形としてのChromebook離れの原因になったという話。この辺りは老眼でない人にはほぼ理解不能だろうなと思う。

ということで、ChomeOSを否定した理由ではないので、Chromebookは何だったのかという点はまだうまく整理できていないが、なくても困らないものであったことは間違いなさそう。OSジャンキーとしての好奇心が再びChromebookを求めることもあるかもしれないが、それも長続きはしないような気がする。