ふるきのガベージコレクション2

脳内を通り過ぎたイメージの残骸の記録

母が老眼鏡を買い替える

母が老眼鏡を買い替えた。

スマホの操作や読書をすると頭が痛くなるというので、老眼鏡をかけているのかと聞くと、パソコンに合わせた老眼鏡で見ているとの話。スマホの距離にはあっていないので、作り直すようにアドバイスした。

近所のショッピングセンターの眼鏡屋に行ったら、ここには老眼鏡の在庫が少ないので別のショッピングセンターの店に行けと指示されて素直に出かけて、スマホや読書にちょうど良い老眼鏡を選んでもらって買ってきた。2千円しなかったらしい。よく見えるようになったと喜んでいる。

少し前に始めたスマホが継続するか不安だったが、眼鏡を買う程度には本気であることがわかって一安心。毎日、文字入力の練習をしているとのこと。

歯の治療は時間がかかる

割れた歯の治療を1本ずつ進めているが、結構、時間がかかる。

1回目:写真撮影、レントゲン検査で問題を特定。麻酔をかけて穴をあけ神経を抜く。
            穴に消炎剤?をつめて仮のふたをする。

2回目:薬を交換して仮のふたをする。(炎症が収まるのを待つ)

3回目:炎症が収まったので神経の穴を詰め物でふさぎ、レントゲン検査で確認
     仮のふたをする

4回目:被せもののための土台を作り型取り

5回目:被せものを取り付けて完了

1本あたりで5回なので、あと2本を治すにはまだ10回以上のステップがある。予約は2週間毎程度でしか取れないので20週間=5か月先は10月になってしまう。

とはいえ必要なステップなので順番に治療してもらうしかない。歯は大事にしてきたつもりだったが、"割れる"ことは想定外。割れることの予防について歯科業界はもっと情報提供してほしいものだ。

久しぶりの不調の兆候

先週末は久しぶりにメンタル不調の兆候があった。頭の動きが悪くなって複雑なことが考えられなくなる。今はそういう状況下でも頭を動かす薬を飲んでいるので、全くの停止状態にはならないのだが、先週末は止まりそうな気配ぐらいまで進んだ。

その状況に陥ってしまうと何もできないのでぼんやりと何もしないで時間を過ごすしかない。昼間に眠ると夜に眠れなくなるので、寝ないでぼんやり過ごすのだが、なかなかにつらい。

直接の原因は金曜日の仕事終わりにかかってきた複雑な案件の電話の可能性が高い。技術的な相談だったのだが、かなり久しぶりの技術分野だったので、基礎知識や物理方程式を思い出して回答するために頭がフル回転したその10分ほどで脳がかなり消耗したのだろうと思う。

今のところ2年ほど前から飲んでいる頭を動かす薬のおかげで何とか持ちこたえているが、このところストレス高めの状態が続いているので、もう一撃くらうとダウンしそうな感じもある。抗不安薬が手放せない状況がしばらく続きそう。

体の右側のピクピク、ガタガタ

ここ数日、右の眉毛と右の太ももの一部の筋肉が、不随意にピクピクするようになっている。マウスを持つ右手がガタガタ震える症状もこの1年ぐらい続いているので、体の右側の一部が勝手に動くという症状があるという状況。

真っ先に心配したのは脳梗塞だが、自覚症状はそれだけで進んでいる気配はない。右眉と太ももはチックの症状に近いようにも思えて、右手の震えと併せてストレスが原因のような気がする。

仕事のストレスは増えている。4月からの新しい上司がようやく各人の業務の把握ができてきて、業務改善ネタを探しの面談を始めると言い始めたことや、健康診断の日程が発表されて、今年は受診するのかという決断を迫られていることなど。規制関係の面倒な話もこれから1年ぐらいは続くはず。いずれも深刻なものではないが、ストレス耐性ほぼゼロになって久しい自分にとっては、3つも重なれば十分に大きなストレスになっている。

幸いにして常時発生しているわけではないので、この次に悪化した時に抗不安薬を飲んでみてどうなるかを試してみようかと考えている。

セクハラとパワハラの複合案件にみんなが憤っている夢

記憶が断片的で思い出せないのだが、若い頃の職場の話のようで、こういう結婚をすべきというセクハラとパワハラが複合した暴言を吐いた年配者がいて、それに対して若手が憤っているという夢。現実の昔の自分たちだったら、基準が緩いために問題にはなっていないような発言だと思うが、今の基準で怒っているようだった。

もう少し話が膨らまないか思い出そうとしたが、ここまでで終わり。夢の断片といった感じ。

色彩をもたない田崎つくると彼の巡礼の年 村上春樹

高校時代の仲良しグループの後年のトラブルと修復の物語と書いたら粗すぎるかもしれない。でも、ネタバレしないでうまく書く文才はないので、読書のカテゴリでは本の内容はこのぐらいにして、自分が感じたことを書くようにしている。

高校卒業後、最初のころは友人に会いに行ったり、飲み会ををしたりつながりが継続するような感覚がしていたが、時が過ぎるほどより濃厚な大学のサークルや下宿での人間関係が拡大していって高校時代の交友関係は失われていった。同じように大学時代のそれも、職場の若手の盛上がりも消えていった。残っていた年賀状もあと数枚まで減った。今は家族と希薄な職場でのつながりがほぼすべての人間関係になってしまった。

うまくいかなくなる理由は、その時代の自分への恥ずかしさ。あの時代の無知で馬鹿な自分には戻りたくない。コミュニケーション力のある人ならば違う自分として新たに関係を再構築するのだろうけど、自分にはできそうもない。新たに構築できる関係は過去の関係の修復ではなく、今の自分に身近な新しいものだけであるような気がする。

とはいえこの本のような強烈な体験をした人にとっては、過去の関係の修復に向かわざるを得ない。この本で語られるような救いの物語が必要な立場に陥らなかったことは、残ったつながりが寂しいものだけであったとしても、幸せだったのかもなと思う。

母がスマホを始める

82歳の母がスマホを始めた。

週3回通っているグラウンドゴルフの同じグループの高齢の女性たちがスマホを使っていて、特に母より2歳ぐらい年上の女性がスマホを使いこなしているのを見て、あの人にできるのなら自分もできるかもと感じていたらしい。

直接のきっかけは今使っている携帯電話が不調になったため、電話販売会社の店舗に行って直してもらった際に、0円で端末が買えて毎月の費用も下がるという話を聞いてきたこと。この話はその後、説明を聞きなおしたら1年後に料金が上がる前提で魅力がないことが判明したため、やっぱりやめることになった。

そこで、僕の古いスマホに在宅勤務になって回線を使っていないiPad用通話なしSIMを入れて練習してみたらと渡してみた。文字入力などちょっとした壁にぶつかるたびに、「やっぱり無理なのでやめる」と言い出すのだが、どうやるかを説明すると思い直して挑戦するというサイクルを繰り返している。本格的に乗り換えるとIIJmioなので月額料金が一気に下がる点も頑張る原動力になっているみたいだ。

数年先にガラケーがなくなってからスマホに乗り換えるのはさらに困難になると予想されるし、携帯電話なしになってしまうと、自動車運転免許返納以後の送り迎えが大変になるので、このまま使えるようになってくれればと期待している。一方、詐欺SMSに引っかかったりする心配事が増えるという背反もあるのだが、今後、様々なサービスがスマホの存在を前提として、スマホが一番有利になっていくのはまちがいなさそうなので、このまま進めてみようと考えている。