ふるきのガベージコレクション2

脳内を通り過ぎたイメージの残骸の記録

リストラ不安

昨年の今頃、職場の組織統合の話が持ち上がって動揺した。組織統合自体は不合理だが受け入れられるものだったが、その過程で、僕が統合には加わらずにどこかの部署に異動させられるはずだったという話を聞いたため。結果としては、周囲の人達の"いなくなっては困る"という言葉に救われて今に至っている。その半年ぐらい前から引き継ぎできるようにマニュアルを作れと言われ始めたのでその頃から話が動いていたことになる。

組織統合から1年が経過して、もう危機は去ったのかというとそんな気は全くしない。その当時、助けてくれたであろう人達がその後の異動でいなくなっているからだ。冬の陣の後外堀を埋められて夏の陣を迎えたらひとたまりもない。

20年ぐらい前にメンタル不調になり数年後に休職、復職後は基本的に管理職としての業務から外してもらい、残業しない働き方を続けてきた。非管理職への降格も申し出たが、降格に関する規則がなく、会社側、労働組合側の両方で規則を作る必要があるが、それは難しいと説明された。教職員には規則があるみたいだが、勤務先の労働組合としては受入れ難いのだろう。この状況はおそらく人事部門にも共有されていたのだと思うが、時間の経過とともに忘れられたか、配慮できなくなった理由ができたかで、異動への圧力が高まっているように感じる。

では異動したらどんな問題があるのか?あと数年のためとはいえ新しい仕事を覚える気力はあるし、人間関係も最小限のものは作れるだろう。勤務地が変わる異動は大変だが、介護の問題は異動を拒否できる正当な理由と言えるはず。そう考えるとあまり問題はないのかもしれない。

一方、不安を和らげるために別の世界観で考えてみる。人事部門は1000人ぐらいを相手に数人が動いている状況なので、どこをどう変えるかの企画を立案できるほどの能力はないはず。動かされる組織側にニーズがあってそれをサポートしているのが実情ではないかと思う。組織側のニーズも基本的には個人、おそらく組織のトップの思いつきだろう。その観点では1年前の組織統合が自分の成果を上げたい個人の思いつきだった可能性は十分ある。頭に浮かぶ人はアメリカ駐在になって1年で帰ってきた人で、何らかの事情で駐在が続けられなくなったということ。そのマイナス評価を挽回すべく自分の配下の組織のリストラで人員削減を狙った、その削減のうちの一人が僕だったという想定はありうる話だと思えてくる。このパターンだったとすると、その人は別部門に去っていったので、少し安心して良いような気分がしてくる。

ただし、ここへ来てウクライナの戦争がきっかけの不況が始まりつつある。アメリカのIT大手で小規模なリストラや採用制限が始まったとかのニュースがボディブローとして不安を高めてくる。勤務先の3月の決算は好調だったが、今年度はどうなるかわからない。事業領域が広いため、ある地域、分野の不況を別の地域、分野の好調が埋めてくれる可能性はあるが、リーマンショック的な状況になると勤務先も耐えられなくなるだろう。そうなると"異動"ではなくなり"退社"の問題に切り替わるのではないかという不安が沸き起こる。ここまで来ると個人にはどうしようもなくて、"なるようになる"の出番になって、むしろ受け入れやすいかもしれない。もちろん、その日が来て欲しくはないが。